
ytaro氏から借りてあっという間に読んでしまいました。
最終的な評価は微妙。
テンポがよく、あっという間に読みきるのですが…
ものすごい問題を扱っている割りに、軽すぎるような気がして、あっけなくラストに突入という不に気でしょうか。
1965年生まれの43歳。
国内ビジネススクールで尊敬すべき恩師と出会い、人生観が変わりました。プロフェッショナルなビジネスパーソンを目指すため、日々悪戦苦闘しております。
ヘルニアの手術により時間の持つ大切さ、家族への責任に気づく一方、そろそろ両親への恩返しもしなければと考える今日この頃です。

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「でも、一番大事なのは、学ぶことは楽しいことだと、教えることだ」
という本です。
・良い成績を取れ、と子供にハッパをかけない
・家にはかなりの数の本を常に備え、親子で一緒に読書を楽しむ
・いろいろなものを見せ、経験させるために、しょっちゅう子供と一緒に外出する
と書かれています。
苦境になればなるほど親は熱意をもって子どもを育てるということでしょうか。
「親が子どもを信頼すること」
家庭では、たくさんの本を与え、会話をして子どもの考えを引き出し、博物館や美術館、コンサートに連れて行き、ホンモノを見せ、体験させ、感動を与えろというのですが…
お金はかからないのですが、異様に手間ひまがかかりますね。
映画で見たことがあるので、筋はわかっていました。
『妻と娘がバス事故で瀕死の重傷を負う。駆けつけた主人公・平介の前で妻は息を引き取る。一方、残された小学生の娘は奇跡的に意識を取り戻す。しかし、娘から最初に発せられたのは「あたしよ、あたし、直子なのよ」という言葉だった。妻と娘を失った筈の主人公に残されたのは…
人格の上では妻・直子でありながら、現実には娘・藻奈美。そんな主人公と妻の新たな生活を描くストーリー』
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読後の感想は「理解不能」でした。
その後、一時間ぐらいにわたってあれこれ考えさせられ、そういう意味で良くできた小説です!
ネットで読後の他のヒトの感想を見てみると「感動した」「涙が止まらない」というのが多いのですが、読み方が甘いなあと感じることしきりですが…
最終的に夫と子供の体を持った妻は別れるのですが、
その後の自分の思考の遍歴だけ
「秘密を持ったまま嫁がれた相手も気の毒だな」
「心の最初の旦那がリアルに死んだとき、普通にいられるのか」
「旦那も60前で一人で残されてもな…、どうせだったら事故の直後から旦那に隠せよ」
「これじゃあ誰も幸せにならないじゃん」
「そう思い至らないのに決めるなんて…、女はバカだな」
「そういえばうちの嫁さんもくだらない韓国のドラマばかり見ているしな…」
「テレビドラマで良く出てくる嫁さんのぐだらない愚痴を旦那が聞かないのも無理はない」
「会社で男が重用されるのも、実はそんなことが根底にあるのかな」
「そんな女だから綺麗になるようにできているのか…」
「できる女性が働きがいを求め、男社会に来たがるのもわからなくないなあ」
「でもだからといって幸せになれるわけではないんだよな…」
「バカなぐらいのほうが幸せになれるということか!」
「こんなことをくだくだ考えてしまうのも、なまじ本などをいろいろ読んだりするからなのか…」
「こどもにあまり本を読めとか言うのやめたほうがいいのかな…」
この作品に関して、もっとも深い洞察をなげかけてくれるのが2chというのも驚きです…
会社の人にSFの本を何冊か紹介してもらったうちの1冊です。
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簡単に言うと、知能発達障害を持つ32歳の青年が、脳外科の手術によって急激な知的発達をとげる話。
でも、手術に内包されていた致命的な欠陥により、急激な知的退行を体験してしまうのです。
ネットで書評を書いている人の多くは、知能を獲得した結果、友達へのいたわりとか大切なものを失ってしまうのねえ、などとしており、同じ手術を受けたねずみ(アルジャーノン)が死んでしまうのを見て自分の死を予期したあとは涙が止まらなかった、とかいうのが多いのですが…
ちょっと違うなあと個人的に感じています。
客観的に見ると、
知恵を得る前の彼にあったのは、友情というよりは、同情であり、一緒にいると優越感を感じられるという居心地のよさであったのではないかなと思います。もちろんそうでない人もいましたけど。
そういう感情を持てない両親は疲れ果て、追い詰められ、殺そうとまでし、彼を隔離するしかなかった。
彼はそういう母親の前で居場所を見つける手段として、笑顔などを身につけていった。
知恵を獲得するにつれ、いろいろ周りのことも見えてきた。
それで知的退行が再度おこってきたときに、先生ともいえる人に「アルジャーノンへ花束を」といえたのではないかと思うわけです。
科学や文明の価値についての痛烈な皮肉であり、激励であるのかなと感じています。
平たく言えば、ビジネス書だけでなく、文芸書も読めということでしょうか…
天童荒太氏の著作、1巻から5巻をブックオフで購入。
正直、長かったですが、1週間ほどで読んでしまいました。
家族が崩れたことで生じた問題が多々あるのに、解決もしないままともかく家族にかえろうとすると、結局は家族内の弱いもの(特に子ども)にしわ寄せがゆくのが明らかだったからだと語っているようです。
この崩れた関係を修復する手段が『対話』として描かれています。『対話』を可能にするものは『開かれた心』ということのようです。
自分自身や家族や小さなひとまとまりの社会だけの中に閉じこもっていると、他者あるいは外の世界とリンクすることができなくなる。現実に世界で起きているさまざまな問題(戦争など)と自分の身近で起きている問題はかけ離れた問題ではなく、根っこの部分は同じだという認識を持つ事ができれば、他者と分かり合う努力ができる、つながりを感じることができるということでしょうか。
「考えてもどうにもならないから」