副題にマキャヴェリに学ぶ出世術とあります。
アマゾンでも何人かの
レビューが載っていますが、私の感想に近いのはこれ。
「恐らく、この本に書かれている振る舞いを全部やったらたいていのひとは成功どころか、周りからつまはじきにされてしまうだろう。
しかし、ここに紹介される色々な成功した人物のエピソードは事実であり、成功者の行動のひとつの側面であることは現実である。
何事にしても、大きな志を立てたなら、それを手に入れるためには人一倍の努力と、執念と、運が必要だと思う。自己の目的を常に忘れず周囲との摩擦も恐れず、設定したゴールに向かっていくというひたむきさが必要条件であろう。
そういう(ある意味)「真摯」な態度を身につけた人の普段の行動がこの本に書かれているような印象を周囲に与えるであろうことは理解に難くない。周りがついてくるか、離反してしまうかは紙一重だと思うが、合目的な行動を貫くということが周りからこういうふうに思われるのだということ、さらに本気で成功を望むなら、「いい人」でばかりいられるはずもなく、こういった行動に勇気を持って出られるかどうかということが、試金石になってくるのだ。」
個人的には「そういえば昔、受験勉強していた頃に出てきた名前だな」ぐらいの認識しかありませんでしたが、改めて調べてみると、数奇な運命をたどるすごい人ですね。
この時代の
イタリアは、各国の干渉を受け、すごいことになっていたようです。
マキャヴェリは強い君主を求めていたのでしょうね。
マキャヴェリの本のくだりより
「だから、その人物が王国を打ち立てたり、あるいは共和国を作るのに、どのような非常手段を取り上げようとも、道理をわきまえた人ならば、とやかくいってはならないものだ。たとえその行為が非難されるようなものでも、もたらした結果さえよければ、それでいいのだ。ロムルスの例のように、もたらされた結果が立派なものなら(ロムルスは弟レムスを殺したが、その後の
ローマ建国を果たす。)いつでも犯した罪は許される。」
「何をやっても許される人間」とは、必ず結果を良いほうへ導く「力量」(ヴィルトゥ)のある人間のこと」
「君主の如何を見る第一のことはその側近にいる人間を見ることだ。部下が有能でかつ忠実であるならば、君主は彼らの才能を知ったうえで忠勤を守らせているのであるから、世間は彼を賢明な君主だと考える」
「君主が部下を識別するにはただ一つ誤らない方法がある。その部下が君主のことよりも自分のことを先にして考え、あらゆる行動で自分の利益を求めるものであったら、そんなものを信用することはできない」
本の訳者も書いていますが、こんな人にはなかなかなれないものです…
posted by ながけん at 23:59| 東京

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読書日記(ビジネス書)
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